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大草原のつむじ風 66——モンゴルのゲイ事情◎大西夏奈子

モンゴルのゲイ事情

大西夏奈子

 去年の夏の晩シャーマンの女友達とビールを飲んでいたら、近くにいた彼女の知人たちが合流することになった。

 やってきたうちの一人がハイテンションな青年で、「ワ〜オ」「ヤダー」「ウッソ〜」とリアクションがいちいち大きく、仕草が女っぽい。

「台湾にいる大好きな男の子にもうすぐ会いに行くの、楽しみ〜」とうきうき話す彼に「ゲイなの?」と聞いたら、「そう」と答えた。

 ちょうどその時期のモンゴルは、LGBTQを祝福するプライドウィークの真っ最中。国立デパートの壁面にはレインボーカラーの映像が写され、LGBTQ啓発のムードを盛りあげていた。東京のストリートをねり歩くようなパレードはないけれど、屋内でイベントが連日催されているらしい。

「このあと一緒にゲイバーに行こう」

 青年に誘われて、私たちは移動することになった。ビールの会計を済ませていると、青年が胸ポケットから大きなマスクを取りだして、ちいさな顔をすっぽり覆っている。

 モンゴルは日本とちがい、街中でマスクをする人は珍しい。風邪をひいているようにも見えない。どうしたのと聞いたら、「顔をかくしたいの」。

 通りでつかまえた白タクに乗りこんで扉を閉めた瞬間、助手席に座った青年が後ろをバッと振り向いてマスクを下にずらし、私に言った。

「お願いがあるの。外にいるときにゲイっていう言葉を絶対口にしないでね? ゲイだとわかると突然殴りかかってくる人がいて危ないの」

 さっきまでのハイテンションが噓のように、彼はしゅんと大人しくなってしまった。

 目的地のゲイバーに着いたものの、店の外に看板は見当たらない。青年に教えてもらった入口から入ると中は広くてお客さんでいっぱい。ここはモンゴルの人気ゲイバーで、モンゴル人と日本人の男性カップルが長年経営している。

 青年は店内に入るとマスクを外し、BGMにあわせて踊りはしゃぎ出した。ひとしきり飲んで話したあと、

「ゲイとレズビアンがいる別のクラブに行こう!」

 ふたたび熱心に誘われて、私たちは白タクで移動した。

 着いたのは昭和チックで場末な雰囲気のクラブ。それなのに若い男女がたくさんいて、ほとんどがゲイかレズビアンだという。ゲイの青年はそこで元カレにつぎつぎ遭遇し、きゃあと叫んでは動揺していた。

 それよりも前、毎週金曜日に若者たちが集まりクイズ大会をするカフェに遊びに行ったことがある。そのカフェはLGBTQの若者の溜まり場になっていた。

 知り合ったばかりのゲイの青年が、浮かない表情で私に語りはじめる。

「ここに来れば同じ境遇の仲間がいるからほっとできるんだけど……。自分の母親にはゲイだってまだカミングアウトできていなくて辛いの。本当は家でも外でもホンモノの自分で生きたいのに」

 彼によるとモンゴルでは男は男らしくあれという風潮が今もあって、ゲイの肩身がとても狭いのだという。

 たしかにモンゴル相撲の大会で横綱になれば一生英雄扱いだし、一般的にマッチョな男性がモテるよう。遊牧生活では肉体労働が欠かせないのだ。

「母親は僕に早く結婚して子どもを持ってほしいって言うの。でもゲイだから、それは不可能でしょう。親のために自分を偽って女性と結婚する生き方を選ぶか、母を悲しませるだろうけれど勇気を出してカミングアウトすべきか、毎日悩んでるの」

 泣きそうな彼の目を見つめていたら、心の葛藤が伝わってきた。

 人口350万人のモンゴルでは子どもを増やすことが善とされ、4人または6人出産した女性が政府から表彰されるイベントもあるくらいだ。そもそも社会主義だったモンゴル人民共和国時代、同性愛は違法だった。

 さまざまな調査結果によれば、世界の人口のうちLGBTQの人は1割前後いるという。国によってLGBTQの受け入れ方には差があり、モンゴルでは日本以上に風あたりが強いみたいだ。

 一方で、ゲイであることを堂々と公言する若者もいる。

 あるゲイのカップルは、毎年恒例の音楽フェス「PLAYTIME」に行くのを楽しみにしている。そのときに着る衣装もふたりでデザインして手作りするらしい。将来同性婚が認められる国に移住するのかモンゴルに住みつづけるのかは、まだわからないという。

「PLAYTIME」に来ていたゲイのカップル

おおにし・かなこ フリーランス編集者・ライター。広島生まれ、東京在住。東京外国語大学モンゴル語科卒業。モンゴルに通いながら、日本とモンゴルの各種メディアに寄稿している。

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