月明かり
岸田将幸
はじめての月見を終え、もう寝ようと
きみとふたりで眠ったはずなのに
あおむけになって眠れぬまま、ずっとそのまま
去ってゆく者の影
新しく来る者の影
月明かりの人はさらに目が覚め
「トントンして」
どうか、きみが望む限りに幸せであるように、
誰しもはじめからいなかったかのように、いなくなる季節の気配が、きみを悲しませないよう
生まれてきた驚きが喜びのことであるよう
そして、喜びの名残のなかできみが年老いてゆけるように
僕は何ひとつさびしがることはないのだ、という了解の仕方をきみに伝えるために
生まれていない者がすべて生まれますように
その生まれる命をきみが健やかに育てますように
生まれていない者が生まれるまで安心して休んでいますように
きみへの願いがきみひとりに負担なきよう、きみラによって守られますように
今夜は明るいのだ
産毛がほのめき、夢を次第に熟らしては、初夏のわずかな風に吹かれ
小さなゼラチン種子を、部屋の外へと撒いている
夜なのに、まるで昼のような明るさ
月は胸の中
人は胸の上に
「月が大きいね」
「ね」
(来る者去る者が出逢うところで道は交差し四つに分かれ、影はそれぞれの永久に向かって歩い
てゆく。すれ違いざま、何かが弾けた音に一瞬、笑みを交わした互いの後背は忘れない)
ごらん、これがほんとうの正午の火照り。きみに影をつくる、生きて在ることの静かな明るさ
『風の領分』(書肆子午線)より