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高橋源一郎著『DJヒロヒト』◎佐藤康智

昭和天皇的こころ

 1979年1月、ラジオから流れる「松山千春のオールナイトニッポン」を、焼酎を飲みながら聴いていた。ゲストは中島みゆきとさだまさし。1951年生まれの自身と少ししか歳の変わらぬ彼らがラジオの向こうでがんばっている。その様子を耳にし、自分もがんばらねばという気分になり、小説を書こうと思い立った──。と、高橋源1郎はラジオ番組で回顧していた。

 1981年に『さようなら、ギャングたち』でデビューし、以降、深夜放送のDJ口調が起源と言われる「新口語文」を混ぜ込んだ前衛的な諸作を世に送り、最近ではNHKラジオ「高橋源1郎の飛ぶ教室」でパーソナリティーをつとめる。本作はそんな、ラジオと密接な繋がりを持つ小説家によって書かれた〝ラジオ小説〟である。

 同時に、『日本文学盛衰史』などの過去作に連なる、天皇を題材とした〝天皇小説〟でもある。〝ラジオ小説〟と〝天皇小説〟をミックスするとどうなるのか。題名の示すごとく、ヒロヒト(昭和天皇)がラジオDJになる。ド直球である。

 歴史的人物がDJをつとめる、といえば、「織田信長のオールナイトニッポン」という松村邦洋のネタが存在し、外面的には本作に近い。が、もっと近いのは、ラジオ番組で昔からよくある(松村のラジオ番組にもかつてあった)、リスナーが歌謡曲の1部を切り抜いて架空の対話や文脈をこしらえるコーナー(古くは『欽ちゃんのドンといってみよう!』の「レコード大作戦」、近くは『爆笑問題カーボーイ』の「CD田中」など)だろう。ときに他局で放送している番組がノイズで混じる昔のラジオの特性とマッチするためか、やけに中毒性のあるコーナーだ。本作はそれと同様の試みといえる。ならば、面白くないわけがない。

 作者は『昭和天皇実録』はじめ膨大な史料の中から、歴史の一コマを切り抜き、別の1コマとコラージュさせ、架空の会話や交流を創造する。ヒロヒトは1度だけクマグス(南方熊楠)に会ったことがあるのだが、いったいどんな言葉を交わしていたのか。青年期に外遊したパリで、どんな同時代人と邂逅したのか。大逆罪の判決を受け獄中で自殺したフミコ(金子文子)に対し、どういった1言を投げかけたのか。

 ラジオの波は時空も混線させる。中島敦は何故か『気狂いピエロ』を見ているし、折口信夫は「あさイチ」を見る。クマグスはナウシカと遭遇して「腐海」の粘菌について語りあうし、敗戦間近のパラオや満州では、日本兵リスナーからメールでリクエスト曲を募る深夜ラジオが放送される。

 作中で述べられているように、ラジオは兵器にもなれば遊び道具にもなる。ラジオ的な遊び心を駆使して歴史に踏み込み、公的な文書では語られないが、ありえたかもしれない、もう1つの昭和天皇史=昭和史にアプローチする本作を読み、私は初めて昭和天皇の人生に興味が湧いた。

 ただ、この小説では戦後がかなり端折られている。だからDJには続編をリクエストします!深夜ラジオに第2部はつきものですしね。

高橋源一郎著
新潮社
3,800円

佐藤康智

さとうやすとも 文芸評論家

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