文・写真
小松 貴
私は、昔から大型哺乳動物がさほど好きではなかった。特に犬猫に対しては、半ば憎しみ同然の負の感情すら抱いていたが、コウモリやモグラなどの小型哺乳動物は好きで、特にコウモリは格別に好んだ。何が良いかって、現存する他のどの獣にも全く似ていないフォルムが良い。奇怪な顔だち、翼として変形した掌、膝が人間とは逆方向に曲がっている後ろ足など、どちらかというと哺乳類を作る材料で昆虫を作ったイメージが個人的には強い。昔話では、鳥と獣が戦争した際にどちらにも属さなかった卑怯者として扱われたが、そのアウトロー加減がむしろ厨二心を刺激してやまない。
小学生の頃に過ごした埼玉の市街地では、夕方になると空をたくさんのアブラコウモリが舞った。動く小動物を見ると、反射的に追って取り押さえねば気が済まない性分だった私は、日暮れにタモ網を持って出かけては、コウモリを捕まえようと走り回ったものだ(コウモリは法律により、勝手に捕獲できない動物であったのを、うすうす知りながら)。コウモリは飛翔速度が速い上に高い所を飛ぶため、チョウやトンボを捕まえるようにはいかなかった。
どうしてもこの生き物を捕まえたかった私は、散々試行錯誤し、当時住んでいたアパートの壁面に取り付けられていた、給湯器の機械の隙間に彼らのねぐらがあることを突き止めた。夕方そこで網をひたすら構えて捕獲に成功したコウモリは想像以上に小さく、とても愛らしい獣だった。その後、私の運動神経が向上したことに加え、「飛翔ルートが割と決まっている」「特定のエリアを飛ぶ際は低空飛行になる」「顔から超音波を出して飛ぶため、正面からの網はかわされるが、後方からかぶせると逃げられない」といった飛翔のクセを見破ったことで、そこらを飛んでいるコウモリも捕まえられるようになった。
大学に入ると、本格的に昆虫の研究をやるようになった関係で、海外、特に熱帯地域のジャングルにしばしば出向くようになった。熱帯地域ではどこでもコウモリがたくさんおり、野外で遭遇する機会の最も多い哺乳動物だ。果物や花蜜を食べる大型種ではなく、もっと小型の、虫や小動物を食うタイプの奴等がいい。ヒナコウモリ類は、ネズミっぽい素朴な顔立ちで可愛い。一方、カグラコウモリやキクガシラコウモリと呼ばれる仲間は、へちゃむくれな顔だが、闇の中、片足でぶら下がり孤高のいでたちで獲物を待ち伏せたり、休息時には翼をマントのようにして身を包んだりと、いちいち仕草がかっこいい。
キン肉マンの顔(本当はマスク)は決してイケメンではないが、その活躍は誰もがかっこいいと思うはず。そんな感じの魅力を、この動物は持っている。
こまつ・たかし 昆虫学者。1982年神奈川県生まれ。9州大学熱帯農学研究センターを経て、現在は国立科学博物館の協力研究員として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。